
砂漠の上を飛びつづけて、やっとグランドキャニオンが見えてきた。
グランドキャニオンの底を流れるコロラド川が近づいてくるように見えて全然近づいてこない。
飛行機は全力で飛んでいて間近の景色はどんどん後ろに流れていくのに前方の雄大な景色はなかなか近づかない。

グランドキャニオン空港に降りて、バスでサウスリムへ行く。
サウスリムにはレストランや土産物屋、展望台、遊歩道が整備されている。
遊歩道を歩き、ホピポイントからコロラド川を見下ろす。

次の日はメキシコへ行った。
またいでいる黄色の線がアメリカ-メキシコの国境。
高速道路のゲートのようなものが有り、車はどんどんメキシコに入っていく。
バスで来た人は国境手前の駐車場で降ろされて、歩いて国境を越える。
駅の改札口のようなものが有って、アメリカ→メキシコ方向はフリーパスだった。
国境のすぐ横(歩いて行ける)にメキシコのティファナという町が有り、
銀製品などのメキシコ土産商店街になっている。
アメリカ人も買い物によく行くようだ。
メキシコ→アメリカ方向は入国審査が有り、
パスポートをチェックされてアメリカでの滞在先を尋ねられる。

時は更にさかのぼり、忘年8月、学生の特権である長い夏休みを活用して北海道へ出掛けた。
(その前の年は東北周遊券で東北を一周した。)
当時、国鉄の均一周遊券というのが有り、
北海道までの往復運賃よりも安い金額(8,650円!)で21日間国鉄乗り放題だった。
(往復の運賃も含んで)
乗れるのは普通列車と急行の自由席、それに国鉄バス、青函連絡船。
更に加えて1泊2食付きで900円程度のユースホステル、極めつけの貧乏旅行をたっぷり楽しんだ。

静岡を12:47発の急行東海2号で東京へ15:30着、
上野を16:16発の急行十和田52号で青森に翌朝4:21着。
青森から青函連絡船の津軽丸で5:00発、函館に3時間50分後の8:50着。
(静岡から20時間3分)
遠い遠い北海道であった。
写真は青函連絡船津軽丸から見る函館山の日の出。
この時、行きは津軽丸、帰りは
摩周丸だった。

当時は帯広から襟裳岬方面へ向う広尾線が営業しており、
途中に「幸福」駅と「愛国」駅が有った。

「愛の国から幸福へ」というキャッチフレーズで有名になり、
愛国から幸福行きの切符が高値で取引されたりしていた。
一時間に上り、下り交互に1本しかなく、襟裳岬方面から来て、
幸福駅で降りると次に愛国駅へ向うのは2時間後、
愛国駅で降りると次に帯広に向うのは2時間後になってしまう。
そこで旅人達の間では上りだったら先ず、
幸福駅を通り過ぎて愛国駅で降りる。
すると次の下りは1時間後に来るので幸福駅に戻る、
そしてまた1時間後の上りで愛国駅を通り過ぎて帯広に向う。
という裏技が常識になっていた。(裏技というほどのものでもない・・)

これは、知床と根室の間にある野付半島トドワラ。
松林に海水が入り込み、松が立ち枯れていく湿地帯。
見渡す限り立ち枯れの松で不思議な光景だった。
今では枯れと風化が進みすぎて枯れ残っている木はほとんど無いらしい。

礼文島に渡り、最北限のスコトン岬へ行った。
海馬島(とどとう)というのは点々と見える岩のもう少し向う左側にある無人島で、
この写真には写っていない。
ここは日本最北限、宗谷岬は日本最北端。
どっちが本当の最北なんだろう。調べてみたらやっぱり宗谷岬が最北だった。
宗谷岬 北緯45度31分14秒
スコトン岬 北緯45度27分45秒
その差は3分29秒、およそ6.5km
惜しい、ちょっとした都合と根性の無さで宗谷岬には行っていない、残念。