いわ旅行記
写真で語る旅行記、地図付き。
2024年11月10日(日)~12日(火)
「地球温暖化の、紅葉の時期と色に与える影響についての調査」(その17)
前編は、予想通り..年々、時期選定の難しさが高まっている事を実感できた調査であった。
続いて後編、やはり時期選定に悩みながらも調査場所は「紀州」に決定。
←旅行記TOP
←前へ
1
2
3
4
5
三段壁/紀州その6
7
8
9
10
11
12
次へ→

潮岬から国道42号を走り「すさみ南」から
部分開通の紀勢道和歌山県区間(無料)に乗って
「南紀白浜」で降り、三段壁までやってきた。
しかし、上の「三段壁」左折標識を見て
信号交差点を左折しようと思ったら左折先は
歩行者専用道路だった..
仕方なく通り過ぎてもう少し先の土産物店駐車場に入れた。
あの標識は交差点左折ではなく、交差点手前の駐車場を指していたのであった..
しかも、この駐車場は町営で無料だ。
だが無料ゆえにいつでもほぼ満車状態らしい。
10:33

土産物店駐車場は500円だけれど、
1,000円以上買い物すれば500円は返金されると言うので、
まあイイか。
歩いて3分で三段壁に到着。
10:36

ここはエレベータで海面近くまで降りて、
洞窟探検ができる。
10:37

入る時は空いていて、待ち無しですぐにエレベータに乗れて
洞窟まで降りて来た。
10:40

エレベータを降りて、順路の方向に進むと、
最初に見えるのは「十像岩」
10:42

広くなったところに、
何やら仏像?らしきモノがたくさん安置されている。
10:48

メインは水の神らしいが、難しい字..
牟婁大辯才天(むろだいべんざいてん)と読むようで、
要するに弁天様なのだが、一般的な弁天様は女子で、
琵琶を演奏しているような姿なのに..
ここの弁天様は武器を持って戦う姿だ。
調べてみたら弁天様は八本の手に武器を持った、
戦いの女神でもあり、
二本の手に楽器を持った、音楽の女神でもあるらしい..
しかも水の神様でも有るし..
元は何千年も前、インドヒンドゥー教の神だったのが
中国の密教、仏教に伝わり、更に日本の神仏習合を経て..
ともかくいろんな姿、呼び名になったようだ。
この後、また千年も経ったらどうなっているだろうか..
弁天様に限らず、いろんな神様仏様の将来を見てみたいものだ。

その奥には、鉛鉱山の跡..ではなく、
このあたり一帯に何百も有ったという鉛井戸?
の様子を復元したモノがある。
なるほど、鉄砲が普及し始めて鉛玉がたくさん必要になったのか..
10:51

熊野水軍を率いる熊野別当湛増が弁慶の父?!
う〜ん..怪しい..
ところで、別当というのは熊野三山を統括する役職名であって
人の苗字ではない..という事を初めて知った。
いやお恥ずかし..
ともかく、弁慶の父というのは伝承創作のようで..
というよりも弁慶そのものが後世の創作?
10:53

「三段壁洞窟は熊野水軍の船隠し場だったと言われています。」
「この小屋は熊野水軍の戦いに待機休憩した小屋を史実に基づいて復元したものです。」
と書いてある。
う〜ん..歴史を後世に伝えようという事業は素晴らしい..
しかし微妙..千年後の人たちから見れば、
これらは全て後世の創作?
10:55

こんなに波の激しい場所に、
ほんとに船が入れたのだろうか?
狭いし..

洞窟の中は常に波が高いのだろう。
船を隠したと言っても、洞窟の中に隠したとは限らないし..
11:06

洞窟内部調査を終えて、エレベータで地上に戻ってきた。
11:10

ところで、あんな岩の先端に釣り人?らしき姿が見える。

あんなところまで行けるのか?
分からないけど、ともかく行けるところまで行ってみよう。
11:21

これがサドンロック!
この写真では大きさが良く分からないが、
岩は立入り禁止の柵の向こう側だから
横にモデルを立たせるわけにもいかないので仕方ない。
11:26

柵はここまで。
やっぱりあんな波打ち際までは、こっちからは行けない。
向こう側に何人か見えるのは、
もしかすると別ルートが有るのかもしれない。
(単に柵を跨いで行っただけかも..)
11:27